最高裁判所第三小法廷 昭和43年(あ)2492号 決定 1970年7月28日
本店所在地
愛知県豊橋市東新町八五番地
繊維製品製造加工販売業
高橋合繊株式会社
右代表者代表取締役
高橋恒之
本籍並びに住居
愛知県豊橋市東新町八五番地
右会社代表取締役
高橋恒之
大正一四年九月一一日生
右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和四三年九月三〇日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人後藤紀の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)
○昭和四三年(あ)第二四九二号
被告人 高橋合繊株式会社
外一名
弁護人後藤紀の上告趣意(昭和四三年一月一二日付)
第一点 原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある。
一、第一審裁判所は、本件につき、昭和三七年七月七日から同三八年六月三〇日までの事業年度における同会社の実際の所得金額につき、之を千六百五万八千五百六七円と誤つた認定をし、以て同事業年度における法人税ほ脱の数額につき誤つた数額を認定した。
そして原審裁判所たる第二審裁判所も被告人控訴事件につき、控訴棄却の判決を言渡してこれを維持したが、右事実誤認は、その数額に大幅な間違いがあり、従つて判決に影響を及ぼすこと明らかである。
二、問題は期首原料棚卸高の数額認定に関する問題である。
検察官提出の証拠書類中、「公表簿外合計原料製品受払明細」と題する書類によれば、昭和三八年六月末日までの被告会社の「売上数量」は、換算欄に、二〇八、六八五キログラム、計(公表)欄に、二五、〇六八キログラムと各記載されているので、その合計二三三、七五三キログラムということになる。一方、同日までの被告会社の「仕入数量」は、換算計欄によると、二二二、八三四キログラムということになる。
ところで、この売上数量と仕入数量との数字が、明示することは仕入原料数量が二二二、八三四キログラムであるのに、売上原料数量が二三三、七五三キログラムということになり、差引一〇、九一九キログラムについては、仕入をしていない原料について、之を売捌いたことになる。
このような不合理が有り得る筈がなく、このことは、一〇、九一九キログラムの原料が被告会社の期首在庫として存したことを物語るものに他ならない。
つまり被告会社は、昭和三七年七月七日設立したものであるが、設立にあたつては、被告人高橋恒之所有の所謂個人財産を引継いでいるのであつて、その引継財産が右の一〇、九一九キログラムの原料である。
ところで原料一キログラム当りの金額は一、〇〇〇円であるから、金額に換算すると金一〇、九一九、〇〇〇円の期首在庫原料を有していたことになる。
三、しかるに、第一期修正損益計算書の記載によると、勘定科目中、期首原料棚卸高について、金四、一七七、〇五〇円しか計上されていないのであつて、之は、右原料を巻きつける木管(ボビン)の評価額であり、前記の引継ぎによる期首在庫原料の棚卸による数額については、全然之を除外している。
これは、前記、公表簿外合計原料製品受払明細と題する書類によつて、期首在庫原料が存したことが明白であるのに、敢えて之を排斥しているのであつて、大きな事実誤認をしているものである。
四、期首原料の棚卸高を計上すれば、前記修正損益計算書の期首原料棚卸高の勘定科目の数字は、合計金一五、〇九六、〇五〇円とならなければならないこととなる。
五、その結果、被告会社の実際の所得金額は、期首原料の棚卸を認めなかつた金一〇、九一九、〇〇〇円也の分だけ減額されなければならない理である。
右所得金額については、前記のとおり、原判決は一六、〇五八、五六七円と認定しているが、右期首原料棚卸高を控除すれば、正確な所得金額の数字は、五、一三九、五六七円となり、従つて、その法人税も大幅に減ることは明らかであるし、同税のほ脱額も之に伴い当然減少すること明らかである。
六、以上のように、原判決は、期首原料棚卸高の認定につき明らかな誤りをおかし、ひいては前記の法人税算定の基礎となる実際の所得金額の算定につき誤認をし、以て、判決に影響を及ぼすべき事実誤認をしているので、原判決は破棄さるべきである。
第二点 原判決は刑の量定が甚しく不当である。
原判決は、
(一) 被告人高橋恒之に対し、懲役一〇月(執行猶予三年)及び罰金二五〇万円、
(二) 同高橋合繊株式会社に対し、罰金三五〇万円、
に各処する旨の判決を言渡したが、次に述べる事情を考慮するとき右刑の量定は余りにも重きにすぎ不当であると考える。
一、(脱税の動機)
被告会社は、合成繊維分繊糸の製造販売を業とし、資本金一千万円、分繊糸機六〇台、従業員約一八〇名を有する会社であり、被告人高橋恒之は同被告会社の代表取締役である。
被告人高橋は、被告会社のため、昭和三七年七月七日より同四〇年六月三〇日までの間、原判決の認定した金額の法人税のほ脱をなしたことは結果的に誤りのないところであるが、その動機は凡て、被告会社のためになしたところであり、検察官も認めるとおり、当時分繊糸業界が全国的に極めて不安定な状態におかれ、殊に分繊糸特許権の問題をめぐり特許紛争があり、ために同業者等は何度となく之が対策を種々協議した結果、特許紛争対策資金の蓄積をしなければならないという結論を導き、遂には被告人高橋は、被告会社の代表取締役であるということから、同被告会社の下請業者に対し発注した所謂外注工賃(被告会社より下請業者に対して支払うべき工賃)の一部をも特許紛争対策資金として、自己の名で、預金すべきことの依頼を受けた関係もあり、極力、被告会社の安定と発展を願う一念に端を発し、ひいては同会社の企業の合理化と設備投資の拡充を計るため、遂に本件ほ脱に及んだものである。
序ながら、当時の分繊糸業界においては、委託加工による場合、発注者より認められたロス率は、同業界が初められて間がなかつた関係上、約五乃至三パーセントであつたので、分繊糸機械設備と労働力をより一層拡充することによつて、実際に生ずるロスを最低限度にくいとどめれば、その差は簿外財産視し得るという状況下にあつた。従つて、斯かる状況も、ほ脱の動機の一因をなしていたと言えると思う。
二、(脱税による利害の不存在)
被告人高橋恒之が、前記のような事情から、唯、被告会社のためという一念から法人税のほ脱をしたけれども、その結果は、同被告人個人のためはもとより、被告会社のために何等の利得も存していない。
つまり法人税のほ脱をした結果は、被告会社の所有に帰する不動産若しくは分繊糸機械設備の購入にその凡てが当られた訳であつて、斯かる被告会社の購入は、税法上、必要経費としての控除、若しくはその余の控除は認められず、結局、被告会社財産の購入ということで、その年度決算において、複原され、然るべき税金を支払わねばならないこととなるからである。
被告人高橋は、前述のように、唯会社の設備拡充とその発展を願う余り、本件ほ脱をなしたのであつて、その結果は、本件所為と関係なく、何等の利得する処もなかつた訳である。
三、(重加算税等の凡ての納付)
本件ほ脱は、前叙のように、被告会社の不動産購入若しくは機械設備の拡充が現実化したため発覚し、国税庁による特別調査がなされて明らかとなつたのではあるけれども、同調査により法人税ほ脱の金額が明確となり、結局、被告会社は、本税として金二六〇〇万円、そしてその重加算税、更に事業税、県、市民税、及び利息等、合計約四〇〇〇万円に及ぶ諸税を既に国又は地方公共団体に対し支払つており、国又は地方公共団体は、被告会社の法人税ほ脱による損失は補填されている現状である。
四、(法人税申告の適正と企業の合理化)
被告人高橋恒之は、被告会社の代表取締役としての立場からも、本件所為を深く反省し改悛すると共に、今後における被告会社の中小企業としての経営は、労働者の福利厚生を計ることによる労働力の強化と、適正な会計処理による経営の合理化にあることを痛感し、経営の面では、豊橋市でも有数な藤原会計事務所に依頼し、被告会社の会計計理は凡て同事務所に一任し、同事務所による経営管理指導を受けることとし、昭和四二年度より担当してもらつている。
その結果、被告会社は、同年度の法人税申告については、豊橋税務署より「実調時の申告指導事績表、法人税の調査結果のお知らせ」と題する書面にて、その適正である旨の通知を受領している現今であり、将来も、決して本件のような犯行をしないよう厳に誓つている次第である。
五、(現在の経営状態と罰金による加重)
被告会社は、昭和四二年一二月頃より、分繊糸業界が相当に不況となつたため、被告人高橋恒之は、一時は日夜悩み、企業経営合理化のため従業員の整理(解雇)を考えたが、従業員の路頭に迷う姿を見るに忍びず、一念発起して、婦人靴下、フエアシームレスの製造販売をするコネクシヨンを得て、現在どうにか軌道にのりつつある現状である。
斯かる状勢にあつて、原判決は被告会社に対し、前記のように罰金三五〇万円の言渡をしたのであるが、以上述べた諸点を考慮すると、右罰金は余りにも重きに過ぎると思われる。
被告会社が現在三五〇万円の支払をしなければならないことになると、或いは従業員への間接的重圧が科せられることになるのではなかろうか。
六、(被告人高橋恒之に対する罰金)
私は、本件においては、被告会社の代表取締役である被告人高橋恒之に対し罰金刑を併科すべきではないと考える。
(一) 本件においては、被告人高橋が被告会社の法人税のほ脱をし、以て私刑を計つたという事案ではなく、同被告人は、専ら、被告会社の前途を想う余り犯したものであつて、若し同ほ脱によりその頃、多少の利得が存したとしても、それは凡て、被告会社、ひいては従業員一同のためのものであり、左様な利得も、前述のように結果的には複原されて、直接間接に、国若しくは公共団体に諸税として支払つているのであり、更には、法人税ほ脱による金額は、ことごとく、所定の法条に従つて算出された税金(殊に之には、行政罰としての重加算税も含まれていること前述のとおりである)を凡て納付し、本件による実害は発生しなかつたことになつているのである。
(二) そして被告人高橋は、本件につき深く改悛していることは前叙のとおりである。
(三) 以上を考慮するとき、被告人高橋については、懲役刑を科すのみで、その目的は充分過ぎる程達しているものというべく、罰金刑の併科は不当であると思う。
以上